財物
ここで言う「財物」は、保険実務における補償対象の“モノ”を特定するための基盤概念です。
火災保険の支払い可否や見積・査定の枠組みは「それが財物かどうか」を起点に組み立てられます。民法・刑法・保険約款で語られる「財物」は完全一致ではありませんが、実務では(1)有体性(空間の一部を占める形あるものか)、(2)管理可能性(人為的に占有・管理できるか)、(3)損害算定の客体になれるか(数量・再取得・修理費等が客観評価できるか)の三点が主要判断軸になります。
財物の基本的な捉え方
定義の骨子(有体性・管理可能性・評価可能性)
一般に、財物とは「財産上の利益をもたらし、管理・占有でき、損害額が測れる“モノ”」を指します。中核は、建物・機械・設備・什器・在庫・家財などの有体物です。加えて、エネルギー(電気・ガス・熱など)のように管理・計量が可能で、経済的価値が明確なものも一定の範囲で取り扱われます。一方で、権利・信用・期待利益など形のない価値は、通常は「財物損害」の客体には含まれません(必要に応じて別条項・特約で手当てするのが通例です)。
三つの代表的整理:有体性説・管理可能性説・物理的管理可能性説
各説の要点と実務への影響
有体性説は、民法上の「有体物」観に沿い、空間を占める形あるものを財物とみなす立場で、建物・機械・什器・在庫が典型です。
管理可能性説は、社会通念上の管理・支配が可能であれば形が乏しくても財物と評価し得る立場で、電気やガスなどは計量・供給・遮断が可能であることから経済的資源として扱われます。
物理的管理可能性説は、管理可能対象のうち物理的実体や量・質が特定できるものに限定する立場で、損害の発生→修復・再取得という保険の基本サイクルと整合します。
実務上は、数量化や再調達・修理費の算定可能性が重視され、立証が困難な対象は補償の枠外または特則扱いになりやすいという特徴があります。
約款上の線引きと評価方法
対象範囲・除外・限度と評価の原則
火災保険の財物損害は、建物・設備・機械・什器・内装・外構・商品・在庫・家財などの有体物が中心です。
評価は、同等品を新たに取得する費用である再調達価額を基礎に、経年等を反映して時価額で上限管理する方式、または修理可能な場合の原状回復費での支払いが用いられます。
データやプログラム等の無形要素は、媒体(サーバ・HDD等)が損傷した場合には「媒体物」の損害として対象になり得るものの、データそのものの価値・再作成費は情報復旧費用等の特約領域です。
現金・有価証券・貴金属等は別枠の限度や特則が設けられることが多く、保管状態(耐火金庫等)で取り扱いが変わる場合があります。
屋外設備・看板・動植物・仮設物なども、対象外や限度・条件付きのことがあるため、条項確認が必須です。
活用例(現場での判断と算定の流れ)
ケース別の財物判定と評価手順
台風で屋根材・外壁が破損した場合は、建物(有体物)の財物損害として修理見積(材料・手間・足場等)を原状回復費として算定します。
落雷でエアコン・給湯器・配電盤が故障した場合は、機器の財物損害として単体修理か全交換かを検討し、周辺部材の付帯費用も含めます。
在庫が水濡れ・変質した場合は、在庫リスト・仕入伝票・廃棄記録等で数量と単価を立証し、再商品化の可否で全損・部分損を判定します。
サーバ室浸水でHDDが損傷した場合は媒体(有体物)の損害で、データ復旧や営業損失は別特約の評価となります。
看板落下で第三者車両を損壊した場合は、自社看板は財物損害、第三者車両は賠償責任領域と分けて申請を整理します。
これらの局面で重要なのは、
①それは財物か
②誰の財物か
③どの補償枠か
④評価方法は何か
を順に確定し、被害写真、型式・製造年、見積内訳、処分費、再取得見積・納期情報などの立証資料を揃えることです。
注意点(免責・限度・立証の勘所)
対象でも常に満額ではない理由
免責事由(故意・重過失、摩耗・腐食・劣化等の自然消耗、施工不良起因、騒擾等の一部事由、地震・噴火・津波起因は地震保険領域など)や、現金・貴金属・有価証券・屋外設備・ガラス・看板・可動物・持出し品等の限度・特則に留意が必要です。無形要素(データ・ノウハウ・信用・将来利益)は財物損害ではなく、情報復旧費用や営業休止の費用補償など別枠での取扱いが通例です。評価は再調達価額・時価額・修理費の整合を崩さないことが肝要で、部分修理が機能・外観を十分復元しない場合は、全面交換の必要性を技術的根拠(劣化範囲・同等材供給性・安全性等)で補強します。賃貸や共同利用では、所有(誰の物か)と占有(誰が管理しているか)、所在(どこに恒常的に存在するか)の三点で保険手配と事故時の査定の入口が変わります。
財物についてのまとめ
財物=「形があり、管理でき、損害額を測れる“モノ”」が原則です。
火災保険の中心は財物損害であり、評価は修理費・再調達価額・時価額のいずれか(または組合せ)で行われます。無形要素は多くの場合、特約や賠償枠で扱われます。
実務では、
①財物該当性
②所有・占有の帰属
③補償枠の特定
④評価方式の確定
の順で筋道を整え、証拠・数量・費用の一貫性を確保することが、迅速かつ妥当な支払へつながります。