構造物(級別)
火災保険における構造物(級別)とは、建物の主要構造部(柱・梁・床・壁・屋根など)の材質と耐火性能、用途に基づいてM構造・T構造・H構造のいずれかに区分し、保険料や補償設計の基礎にする考え方です。
構造級別は「燃えにくいほど保険料が安くなる」というリスク連動の原則により運用されます。評価の中心は外装の見た目ではなく骨格の材質と耐火性能で、鉄筋コンクリート(RC)や鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)等の不燃・耐火性が高い構造は優位、木造や薄板の軽量鉄骨などは相対的に不利となります。加えて、建築基準法上の耐火・準耐火区分、防火地域・準防火地域の指定、用途(共同住宅・事務所・店舗等)、階数や延べ面積、各部位の耐火被覆の有無と連続性、設備貫通部の処理状況、竣工時期や増改築履歴まで総合的に確認します。誤判定は保険料の過不足や支払時の不一致につながるため、確認済証・検査済証・設計図書・仕様書・工事記録などエビデンスの確保が実務上の鍵となります。
級別の基本概念
級別は主要構造部の燃焼性・耐火性能・区画性に基づくリスク区分で、料金や特約設計に直結します。
M構造の位置づけ
RC・SRC等の高耐火構造を主体とし、特に共同住宅のように住戸が区画され、界壁・スラブ等で延焼が抑制される計画の建物が典型です。住戸割合や区画の実態、共用部の仕様まで踏み込み、住居用途としての性能を確認します。
T構造の位置づけ
耐火または準耐火の要件を満たす建物が中心です。鉄骨造(S)で板厚や被覆が基準を満たす、ALCや各種不燃材を適切に用いる等で所定の火熱に耐える構成が必要です。仕様の一部不足があればH扱いになり得るため、被覆の連続性や貫通部処理の実測確認が有効です。
H構造の位置づけ
木造や薄板の軽量鉄骨など、可燃部分が多い・耐火被覆が不十分と判断される建物です。外壁を不燃材に替えても骨格が木造ならHのままという理解が重要です。見た目の更新と骨格の更新は分けて判断します。
判定の主要ポイント
図面と書類で骨格を特定し、現況の被覆や貫通部処理まで裏取りするのが最短ルートです。
主要構造部の材質特定
柱・梁・床・壁・屋根が木造か、鉄骨か、RCかを明確化します。登記事項証明書の構造記載だけでなく、確認済証や構造図、仕上表、長期修繕計画の添付図なども活用します。
鉄骨の板厚・被覆と連続性
薄板の軽量鉄骨はHに寄りやすく、一定板厚以上+耐火被覆の連続性がTの前提です。梁端・柱脚・設備シャフト・貫通部での被覆欠損は評価を下げる要因になります。
法的区分・地域条件
耐火・準耐火の法適合、防火地域や準防火地域の指定、階数・延べ面積の閾値を確認します。用途地域や近隣の延焼危険も保険料に反映されるため、消防水利や接道状況も併せて整理します。
各級別の実務解説
M・T・Hの境目は「被覆」と「区画」。住居用途の実態や界壁性能も重視されます。
M構造の典型要件
RC・SRC主体で住戸が明確に区画され、界壁・スラブの遮炎・遮熱性能を確保。共用部も含め主要部が不燃・耐火で一貫していることが望まれます。店舗や事務所併設でも、住居割合や区画次第でM相当が成立します。
T構造の典型要件
鉄骨の板厚・被覆、ALC等の採用、準耐火仕様の連続性が要。機械設備の貫通部や天井懐、梁貫通での被覆欠損は減点対象です。RCでも用途や一部仕様次第でT扱いに収まることがあります。
H構造の典型要件
在来木造・ツーバイ系・薄板軽量鉄骨等で可燃要素が多い、または被覆が不十分なケースです。外装や屋根材の更新だけでは級別は上がりません。骨格か被覆仕様の本質的な改善が必要です。
ケーススタディ
用途混在、増改築、誤認の多い軽量鉄骨を中心に、現場で迷いがちな論点を整理します。
店舗併用住宅
1階が飲食店、上階が住居の建物は、主要構造がRCで住戸区画が明確ならMまたはTの可能性が高まります。火気使用に伴うリスク上振れを踏まえ、保険金額や自己負担、設備特約の設計を合わせて見直します。
準耐火化の改修後
石膏ボード厚み、耐火被覆材、開口部の処理、設備貫通部の防火措置が仕様書で確認でき、写真・検査記録が揃えば、HからTへの見直し余地があります。竣工図と現況の差異がないかの現地確認を推奨します。
軽量鉄骨の誤認回避
「鉄骨だから燃えない」という誤解は禁物です。板厚・被覆の不足はH相当につながります。梁端・柱脚・シャフト廻りを重点撮影し、図面と突き合わせて評価します。
実務フロー(見積もり・申込前)
書類収集→骨格特定→現地確認→級別仮判定→保険会社照会の順で、エビデンスを積み上げます。
必要書類の例
建築確認済証・検査済証、構造図・仕様書、登記事項証明書、長期修繕計画、改修工事の契約書・写真・完了報告書等。物件台帳の古い記載は現況と乖離している場合があるため、最新資料を優先します。
現地確認の要点
耐火被覆の欠損、設備貫通部の処理、界壁の連続性、増築境界の納まり、屋根・外壁裏の可燃材等をチェック。写真は近景・中景・全景を揃えて図面位置と対応付けます。
よくある落とし穴
外装更新=級別向上ではありません。骨格・被覆・区画を見誤ると評価が崩れます。
外壁だけ不燃材に変更
骨格が木造のままならH相当です。下地や胴縁の可燃性も評価に影響するため、表層の材料だけで判断しないことが重要です。
用途混在での過大評価
住居割合が低いとM構造相当の根拠に欠けます。店舗・事務所併用の場合は区画・界壁・スラブ性能のエビデンスを重視し、必要に応じてT評価での設計へ切替えます。
増築部分の構造不一致
本体はRCでも増築が木造なら一体評価でH寄りに見られることがあります。契約対象の範囲分け、明細化、付属建物の扱いを早期に整理します。
関連特約の検討
構造級別と合わせて、事業継続や対人事故への備えを同時に設計すると整合性が高まります。
休業補償特約
災害で営業不能となった場合の売上損失を補償。建物の構造や用途によりリスクの出方が異なり、自己負担や見舞金の設計も連動して検討します。
施設賠償責任保険
施設内で来訪者が事故に遭った場合の補償。動線計画、床仕上げ、段差、手摺、照度など施設側のリスクコントロールと併せて設計します。
構造物(級別)についてまとめ
判断の軸は主要構造部、境目は被覆と区画、迷いはエビデンスで解消する——これが最短経路です。
M・T・Hの級別は、保険料の適正化と支払時の整合性に直結します。柱・梁・床・壁・屋根の材質と耐火性能、被覆の連続性、区画の実態、用途の配分、防火地域等を丁寧に確認し、確認済証・検査済証・構造図・仕様書・工事記録・写真で裏付けることが肝要です。改修により準耐火化・被覆追加が済んでいれば、HからTへの見直しといった前向きな再設計も可能です。用途混在や増築のある物件は評価が割れやすいため、契約対象の切り分けと特約設計を同時に進め、将来の紛争や過不足を未然に防ぎましょう。